1.この巨岩に 磐船天孫降臨の神話
「日本書紀」や「古事記」等によると、天孫饒速日尊(にぎはやひのみこと)は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の命により、 天の磐船で河内国 河上哮ヶ峰(たけるがみね)(写真左)に降臨された。また、饒速日尊が降臨に際して、天空より国土を望み「虚空(そら)見つ日本國(やまとのくに)といわれた ことが「やまと」という国号の始まりとされている。
のちに大和國に入り、大和河内地方を開発し建国の礎を築かれ、人々より天津神(天よりこられた貴い神様)と崇敬された神様である。
磐船神社の創祀年代は詳らかではないが、磐窟信仰という神道最古の信仰形態と 伝承から、縄文から弥生への過渡期までさかのぼると考えられている。
饒速日尊が乗ってこられた「天の磐船」を御神体として祀り、古来より天孫降臨の聖地として崇敬されている。
御神体は上部の大船のような舳先は南に向いていて、横18メートル、高さ12メートルの巨石である。(写真右)
大阪築城のとき、 加藤肥後守清正が持ち出そうとしたいわれのある石でもある。
「諸州めぐり」(元禄2年(1689))に、「岩船の下を天の川流水通る、奇境なり、凡大石は、何れの地にも多けれど、かくの 如く大石の多く一所に集まれる所もいまだ見ず」
と書かれている。
修行の霊場として、白衣に身を包んだ修行僧が滝に打たれ、岩巡りしたのもこの場所である。
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| 天野川の上流付近 |
磐船渓谷・鮎返しの滝 |
磐船渓谷の紅葉 |
磐船渓谷 |
ゆったり流れる天野川 |
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(参考資料:交野町史1&2)
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