8.七夕伝説 本家本元はここに

桓武天皇が長岡京に遷都され、交野の柏原の野(現在の枚方市片鉾の西南)において、北極星を祀って、都の移転という大事業ができたことを祈られた。これを機にことあるごとに天(北極星)を祀られたのである。
それから、桓武天皇はたびたび交野が原に行幸され、狩猟を楽しまれた。それによりその下の皇族や宮廷人たちも続々交野が原に来ることになったのである。
この頃は都で催される歌合せ(和歌)で競っていたので、あらゆるところに題材を求めた。当時は天体を敬い、それを美化する風潮があったので、交野が原においても水枯れた砂礫ばかりの川床を夜空の星の連なる天の川になぞらえ甘野川を天野川と改名した。
また、用水不足で稲作ができなかった乾し田を星田と変え、交野忌寸一族が祀った機織の社(天棚機比売大神(あめのたなばたひめのおおかみ)、栲機千々比売大神(たくはちちぢひめのおおかみ)を主神として機物の祖先を祀った)を天界に神を求め、天の川に輝く織女星すなわち棚機女(たなばたつめ)として和歌を創ったのである。
また、稲作地に最も適したあま田の神を大空の天田を耕す神、牽牛星(ひこぼし)をあて、天田の宮と称したのである。
中国のたなばた伝説からこの天野川にかかる橋を「かささぎ橋」と名づけ、天の川、織女星、牽牛星などと一緒に「たなばた伝説」の環境が整ったのである。

日本全国、七夕祭りが盛んな地域は数多くありますが、平安の昔から私たちの故郷・交野ヶ原のように地域全体が七夕と星・天体に関連した地名や伝承に彩られているゾーンは他所にないと思います。
我が国における七夕伝説・星祭りの発祥の地と言えるでしょう。


天野川とかささぎ橋

天田の宮

機物神社

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(参考資料:交野町史1&2)